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2008-04-07 (Mon)



6日の自宅裏の桜はあと数日かかりそうです。
小学校の桜がこのあたりでは一番早く桜から、仕事帰りにチェックしてみようっと☆
桜くらい、咲くまでも咲いてからも何分先など話題になる花はないですね。
いつ頃からDNAに刻まれたんだろうね~
奈良とか平安時代には既に日本人は桜好きっぽいから縄文とか?もっと前?
日本人だけなんで?
あっでも『枕草子』には桜は愛でられてないかー。むしろ『曙が一番いい』らしいからね。でも鎌倉時代の西行法師は『桜の下で亡くなりたい』って詠んでたっけ。

外国(ヨーロッパあたり)で発掘されたなんとか原人は親子か夫婦か忘れたけど、並べて埋葬されていて、周りには花の種の化石がたくさんあったんだって!きっとそんな時代から花を供えるってあったんだね。
ラピュタのワンシーンを思い出すなぁ。

桜が気になって少し調べました。
8世紀の記紀(古事記と日本書記)には大陸の影響なのか梅の話ばっかりで桜は触れられてないみたい。菅原道真も梅の話(飛梅)だよね。
万葉集(7世紀後半から8世紀後半)には桜を詠んだうたが43首だそうです。古今集(10世紀)以降に桜のうたが増えているそうです。
桜といえば『吉野』ですが、万葉集で桜で吉野は出てこないみたいで、吉野を詠んだ88首は山や川などの自然の風景についてだそうです。
ネットで色々みてたら面白い仮説をみつけました。
遣唐使を中止した9世紀以降の長い国風文化の中で桜は詠まれはじめたそうで、元禄時代に鎖国で俳句が花開いたみたいに国を閉ざすと独自の文化が成熟するのでは?という説でした。
それから考えると、遣唐使をやめた=もう中国の価値観は止めよう(古い)=春っていうと梅だったけど代わりに桜にするか的な流行とかあったのかな~なんて。恋文に梅の枝を添えるなんてダサいよね~今はやっぱ桜じゃない!みたいな☆
後はこの時代、炭を作るのに(鍛冶や製陶)沢山の雑木林を切り開いたそうなので、その空き地に山桜が増えて注目されたとかいう説も。山桜はソメイヨシノと違ってひっそりと咲くイメージだから、増えないと目立たないかもね。
勝手な私の説では、そんなこんなで桜が注目されてきた頃に戦乱を経て鎌倉時代=武士の時代がやってきたから、散り際の潔さや儚さが気に入られたんじゃないのかなぁ。そして田植えとかでみんな協力して集まる時に自然に宴会が始まって、お花見になったの。っぽくない?
で、青森出身の私は『ねぶた』のお囃子を聞くとウキウキどころかアドレナリン大量放出なのです。他県の人はそんなにはならないと思うの。
だから桜好きはDNAには刻まれてなくて(ちょっと淋しいけど)家族や周りが桜が咲くのを楽しみにしている中で育つから自然に楽しみになるように成長していって、また次の世代へ受け継がれていく後天的なものなんじゃないかなぁと結論づけました(^-^)v
こーんな事を徒然に思いを巡らすって好き♪

全部最後まで読んでくれた方いるかな(^^;)

裏の桜(蕾)とチョビさまとネットで見つけた吉野の桜の写真をUPしました。
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